あの悪夢から6年が経ちました。

震災の犠牲者のうち、溺死は9割を占めます。つまりあの津波で亡くなったと思われます。この命の大部分は救えていた可能性があります。

地震発生から津波が到達するまで数十分あったので、いちはやく避難していれば逃れれることができたかもしれません。

物理的に避難が間に合わない人もいたことでしょう。そのいっぽうで津波の脅威を過小評価していた人もいたはずです。

過去の歴史を紐解くと津波の記録はありました。1896年(明治29年)の明治三陸地震、1933年(昭和8年)の昭和三陸地震で大きな津波が三陸を襲いました。

おそらく現地では、津波の恐怖は語り継がれていたと思います。津波の到達点を示す石碑が残っていたり、「津波てんでんこ」という教訓が伝えられていました。しかしそれがすべての地域ではありませんでした。

人は忘れるものです。「時間が解決する」という言葉があるように、悲しい思い出を抱えたままではありません。抱えたままでは人は生きていけなくなります。忘れるから切り替えができるのです。

しかし、津波を忘れてしまっては同じ悲劇を繰り返すことになります。個々人の中では忘れても社会が語り継ぐ必要はあるのです。

その点で東日本大震災は、これまでと大きく異なる環境で発生しました。ITの時代が到来していました。スマホが登場していて、twitterやfacebookなどSNSも普及していました。YouTubeで多く人に津波の恐ろしさを伝えることもできるようになっていました。

初動で状況を把握しやすくなり、記録を残し多くの人に伝えることもできるようになりました。ITが語り部となり、この資産を有効に活用すれば、次の震災では一人でも犠牲者を減らすことができるはずです。

ただ、資産があってもそれを折に触れ思い起こすことは必要です。やはり人は忘れる生き物です。3.11を契機に思い出し、被災地に思いをいたし、悲劇を繰り返さぬために次に伝えていくことは必要なのでしょう。

茨木広告宣伝舎も、年に一度であっても思い起こし、伝え続けていきたいと思います。

ITが語り部になれば震災で救えた命を救う

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