伊勢丹松戸店が来年3月で閉店するそうです。何度となく仕事で通った店だけに一抹の寂しさもあります。しかしそれは時代の流れでもあり、逆に閉店が遅きに失したとも思います。
以前にも書いた気がしますが、伊勢丹は店頭を重視するあまり、システム畑や通販畑をどちらかというと冷遇してきました。
店頭でバリバリ働いていたバイヤーが病気で倒れたりすると、復帰後は慣らし運転でシステム畑などに異動させたりしていました。
そうした風土が通販軽視につながり、時代の波に乗れなかった気がします。
じつは通販にも力を入れてきた三越と経営統合したのは挽回のチャンスだったのですが、それもどちらかというと救済した側だったという驕りで三越の資産を過小評価してそれを活用することができませんでした。
新宿伊勢丹を含めた不振はひとえにそこにあると思います。ブランドの直営ネットショップやZOZOTOWNなどに売上が流出しているのです。
ISETANブランドでインターネットショップを成長させていれば、ZOZOTOWNはここまでになっていなかったかもしれません。
しかし松戸など支店の不振にはべつの事情もあるように思います。
「ファッションの伊勢丹」を標榜する伊勢丹ですが、じつは支店ごとに独特の雰囲気があり、けっして「ファッションの」とは言えない「ニセタン」だったりします。
かつては従業員の正社員比率が高く、しかも女性比率が高いデパートは、地元出身の女性社員が長く同一店舗から異動することなく勤め続けることがあります。
また優秀な社員ほど売場(お買場)間異動くらいで、間違っても他店などには手放したりしないのです。
それが同じ人間が売場を支え続けることで、本店などから異動してきた上司なども手を出せない一種の自治区へと変貌します。優秀なので任せておいたほうが楽だし、下手に反感を買いたくないからです。
そのうちに仕事の進め方やしまいには品ぞろえも属人化して、硬直化します。これが新宿本店であれば問題になるのでしょうが支店では放置されがちです。そうして支店の品ぞろえや雰囲気は陳腐化していくのです。
百貨店であることにこだわり、自主MDを推進してきた伊勢丹だからこそ正社員比率が高く、場所貸しに舵を切りませんでした。
そうするとますます変革は起こらなくなります。変革することで古株の女性社員の立場を奪いかねなかったのです。
その点において、自社運営比率を下げて、場所貸しに徹して社員比率を下げてきた大丸松坂屋(JFR)が好調なのもうなずけます。
定期賃貸借型のテナント化したほうが、不振であればブランドや売場ごと差し替えることができたのです。
すでにネット通販の台頭で成長に陰りが出ていますが、ショッピングセンターと同じです。ショッピングセンターもテナントを入れて運営することで、常に鮮度よくMDを差し替えることができたのです。
その視点でみるとリーマンショック後、しかもこのアベノミクスの流れの中で初めてクローズする伊勢丹が松戸店だったのは、近隣にSCが多く誕生したという事情が大きく影響しているように思えます。
越谷レイクタウンの「イオンSC」や柏の葉の「ららぽーと」など大規模なショッピングセンターが開業したことで、陳腐化したニセタンは見向きもされなくなったのでしょう。
なにしろ仕事で通っていた2005年前後の松戸伊勢丹には地下に「スイートプラザ」、あのキャンディやラムネの量り売りをするメリーゴーランドのような回転什器がありました。
昭和の遺物が平成15年ごろまであったのです。逆にいまは新しいかもしれませんが。
今日の茨木市の天気
朝方はタオルケット一枚では寒いくらいでしたが、朝から晴れて気温が上がりました。